松山地方裁判所 昭和41年(行ウ)11号 判決 1974年1月21日
原告 中島孝
被告 松山税務署長
訴訟代理人 河村幸登 外九名
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告(請求の趣旨)
1 被告が原告に対し昭和三九年八月一八日付でなした原告の昭和三八年分総所得金額を九一万九、三〇四円と更正した処分および過少申告加算税を四、三五〇円と賦課決定した処分のうち、同年一一月四日付異議決定により一部取消された後なお効力を維持する総所得金額五一万六、八一五円のうち二〇万三、一八七円を超える部分および過少申告加算税一、〇〇〇円の部分をいずれも取消す。
2 被告が原告に対し昭和四一年一二月二四日付でなした原告の昭和三九年分総所得金額を四三万一、二〇四円と更正した処分のうち一三万六、四六三円を超える部分、および同日付でなした過少申告加算税八〇〇円を賦課決定した処分のうち高松国税局長の昭和四三年六月一二日付審査裁決により一部取消された後なお効力を維持する過少申告加算税六〇〇円の部分をいずれも取消す。
3 被告が原告に対し昭和四一年一二年二四日付でなした原告の昭和四〇年分総所得金額を四八万六、六一九円と更正した処分のうち一〇万〇、五二三円を超える部分、および同日付でなした過少申告加算税一、四〇〇円を賦課決定した処分をいずれも取消す。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告(請求の趣旨に対する答弁)
主文同旨。
第二当事者の主張<省略>
理由
一 原告の請求原因1および2は、当事者間に争いがない。
二 (課税処分手続上の瑕疵の存否)
1 原告は、法定申告期限前である昭和三九年一月二〇日になされた質問検査権の行使(事前調査)は違法であり、これにより収集した資料等に基づいてなされた昭和三八年分課税処分も違法である旨主張する。
しかしながら、税務職員に旧所得税法六三条(現行所得税法二三四条一項)に定める質問検査権が認められているのは、当該職員がこれを行使することにより納税者の所得を的確に把握して納税義務の適正な履行を確保し、もつて納税者間の課税負担の公平を期することにその目的と根拠があるのであるから、同法六三条本文の「所得税に関する調査について必要があるとき」とは、所得の的確な把握と納税義務の適正な履行の確保のために必要があるときをいうものと解せられる。そして、納税者に所得が発生することによつて納税義務が発生する基礎が成立しているかぎり、右の必要性は法定申告期限の前後を問わず発生しうるものであることは否定することができない。そうだとすれば、右のような必要性があり、右のような目的を遂行するために、たとえそれが法定申告期限前であつても、適宜当該職員が質問検査権を行使することは、同法条の趣旨に適合するものであつて、これを違法と断ずることはできないものと解するのが相当である。このことは、同法第一号において「納税義務があると認められる者」に対しても質問検査権の行使ができる旨を規定しており、その趣旨は、所得税額の確定手続については申告納税方式を原則としている建前上(国税通則法一六条一項一号)、第一次的には納税義務は納税者の申告によつて確定されることになることから、法定申告期限(または申告した日)前にはいまだ「納税義務がある者」(同号)とはいえないが、かかる時期にある者であつてもすでに所得が生ずることによつて納税義務が発生する基礎が成立している場合には、それによって納税義務があると推測されるので、かような者に対しても質問検査権を行使することができるとするところにあると解されることからも看取されるというべきである。
そして<証拠省略>と弁論の全趣旨によれば、法定申告期限前である昭和三九年一月二〇日に被告部下職員が所得調査のため原告方に臨んで資料を収集し、これによつて同年八月一八日付で昭和三八年分の更正処分をなしている(もつとも同年一一月四日付の一部取消しの異議決定は直接的には同年一〇月二六日の調査に基づくものである)が、右事前調査は原告の昭和三八年分所得の的確な把握と納税義務の適正な履行を確保する必要からその目的遂行のためになされたものであることが認められる(右認定に反する証拠はない)ので、右質問検査権の行使に違法があつたものということはできない。
2 また、原告は、昭和三九年分および昭和四〇年分課税処分について、原告の要求があつたのに理由を開示しないで質問検査権を行使したことは違法であり、これに基づく右各処分も違法である旨主張するが、調査に赴いた税務職員に当該調査の理由を事前に開示すべき義務は原則としてないものと解するのが相当である。けだし、これを課する実定法上の根拠がないだけでなく、理由開示の義務を調査職員に課することによる課税手続上の弊害も無視しえず、右義務を認めることは法が税務職員に質問権査権の行使を認めた趣旨を没却することになりかねないからである。
なお、原告は右各課税処分には不公平かつ不平等で不純動機または他事考慮をもつて質問検査権が行使された違法がある旨主張するが、右事実を認めるにたる証拠がない。
そして、<証拠省略>によれば、被告の部下職員が原告の昭和三九年分および昭和四〇年分の所得調査のため昭和四一年一一月に二度にわたつて原告宅に赴き、所得の裏付資料の提示方を原告に求めたが、原告は「昭和三八年分課税処分を争つているからそれを解決してからにしてくれ」とか、「帳簿は組合(松山民主商工会)に預けてある」と申立てて所得額についての口頭説明もせず、帳簿書類等の原始記録も一切提示しなかつたこと・そこで被告は原告方での右調査では原告の両年分の所得を算出することは不可能と判断して、両年分につき推計による所得認定をなしたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果(第二回)は措信することができない。
そうだとすれば、右推計課税手続に違法があつたものということはできず、右事情の下においては両年分について推計課税の必要性があつたものと認めるのが相当である。
三 (課税処分認定額の適否)
(一) (昭和三八年分課税額の適否)
1 <証拠省略>を総合すると(一部に当事者間に争いのない部分を含む)、別表一C欄記載の左記各被告認定額はいずれもこれを認めることができ、右認定に反する適確な証拠はない。
(1) 収入金額二二六万三、九一八円(<1>プラス<2>)
<1> 中古車売上六一万〇、〇〇〇円(乙第三号証の五)
<2> 修理収入一六五万三、九一八円(同号証の三、四)
(2) 売上原価一三四万〇、二四四円(<3>ないし<6>の合計)
裁判(税務25)
<3> 期首商品棚卸一二万八、〇〇〇円(同号証の五、六)
<4> 中古車仕入二七万五、〇〇〇円(同号証の五)
<5> 部品材料仕入一〇〇万二、二四四円(同号証の七ないし九)
<6> 期末商品棚卸六万五、〇〇〇円(当事者間に争いがない)
(3) 売上利益九二万三、六七四円((1) マイナス(2) )
(4) 必要経費一八万五、六〇九円(<7>ないし<21>の合計)
<7> 光熱費一万一、〇五八円(同号証の一一、一二)
<8> 動力費六、〇四九円(同号証の一一、一二)
<9> 通信費二万九、七九三円(同号証の一一、一二)
<10> 図書費一、〇〇〇円(同号証の一一、一二)
<11> 水道料四、〇三二円(同号証の一一、一二)
<12> 接待交際費九、〇〇〇円(当事者間に争いがない)
<13> 組合費一万一、六〇〇円(当事者間に争いがない)
<14> 消耗品費二、一二四円(同号証の一一、一二)
<15> 公租公課一万七、六一四円(同号証の一一、一二)
<16> 荷造運賃六、二六〇円(同号証の一一、一二)
<17> 福利厚生費二万二、〇〇〇円(同号証の一一、一二)
<18> 火災保険料二、五二〇円(同号証の一一、一二)
<19> 燃料費五、〇〇五円(同号証の一一、一二)
<20> 雑費九、三〇一円(同号証の一一、一二)
<21> 減価償却費四万八、二五三円(同号証の二、乙第四号証の一ないし三)(右金額の内訳は別表二記載のとおり)
原告は、必要経費中、まず図書費は商工新聞、毎日新聞等の購読費を含めて五、二〇〇円を計上すべきである旨主張するが、前記認定の雑費科目九、三〇一円のうちに右新聞購読費を算入計上しているので、右主張は採用することができない。また、燃料費はガソリン代等を含めて四万九、七一一円を計上すべきであると主張するが、右ガソリン代等のうち四万三、九四九円は前記認定の部品材料仕入一〇〇万二、二四四円のうちに算入計上しているので、右主張は失当である。そして、福利厚生費として三万三、八〇〇円を計上すべきであるとの原告の主張中、前記認定の二万二、〇〇〇円(作業服代)を超える部分は、これを認めるにたる証拠がない。なお、原告は、減価償却費の計算について、別表二の2から5までの機械部分の耐用年数を一三年、償却率を〇・〇七六九としてこれを計算すべきである旨主張するが、別表二記載の各計算方法は法規に照し妥当なものと認められる。
2 (雇人費計上の要否)
(1) 原告は、旧所得税法一一条の二第一項(昭和四〇年四月一日施行新所得税法五六条)は憲法一四条などの諸規定に違反する旨主張するが、所得税法上の右規定は被告主張のとおり実質主義の観点および課税目的上、課税行政上の理由から設けられた合理性のあるものというべく、これが憲法一四条などの規定に違反するものということはできない。
(2) そこで、原告と中島一磨(長男)、および中島美佐子夫妻とは生計を一にする親族かどうかを判断すると、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すれば、昭和三八年分ないし昭和四〇年分にわたつて、被告が該当事実摘示欄で主張している<1>ないし<5>の事実を認めることができ、また<証拠省略>によれば、右各年分にわたつて原告とその長男夫妻とは住所が同じだということもあつて町内会費はまとめて一戸分としてしか支払つていないことが認められる。そして、右認定の<1>ないし<5>の事実に反するかもしくはその趣旨に適合しない<証拠省略>の各記載も右認定を左右するにたりず、他に右認定をくつがえすにたる証拠はない。
右認定事実によれば、原告とその長男夫妻とは生計を一にする親族であると認めるのが相当である。よつて、原告がその長男夫妻に支払つた給料相当分の生活費を原告の所得の必要経費に算入することはできないものというべきである。
3 (専従者控除額)
<証拠省略>によれば、原告の自動車修理事業の専従者は、原告の妻中島ミサヲ、長男中島一磨、その妻中島美佐子の三名であることが認められ、右認定に反する証拠はない。したがつて、旧所得税法一一条の二第三項一号(昭和三八年法律第六六号付則四条)によれば一人当り七万三、七五〇円合計二二万一、二五〇円を事業専従者控除額として認めるべきである。
4 (総所得金額)
右のとおり、売上利益九二万三、六七四円から必要経費一八万五、六〇九円および事業専従者控除額二二万一、二五〇円を控除して原告の昭和三八年総所得金額を算出すると五一万六、八一五円となるから、一部取消後の右同額の本件更正処分は適法である。
5 (過少申告加算税額の適否について)
別表三の更正額欄の各控除額は当事者間に争いがないから、同表記載のとおり、課税総所得金額は二一万九、七〇〇円(一〇〇円未満切捨)、更正によつて増加する税額は二万〇、八五〇円であるから、その過少申告加算税は右金額(ただし国税通則法九〇条三項により一、〇〇〇円未満切捨)に百分の五を乗じて得た一、〇〇〇円(同法六五条一項)である。よつて、同額の昭和三八年分過少申告加算税賦課決定処分は適法である。
(二) (昭和三九年分および四〇年分課税額の適否)
1 前示のとおり、原告の両年分とも実額計算をすることができず推計課税の必要性があつたものと認められるので、つぎに右推計の合理性すなわち課税認定額の適否について検討する。
(1) (両年分の収入金額)原告の昭和三九年分収入金額が二一一万九、四七六円であり、昭和四〇年分の収入金額が二五二万二、八九四円であることは、当事者間に争いがない。
(2) (両年分の所得率)別表一の原告の昭和三八年分所得計算表C欄のうち特別経費(建物の減価償却費一万三、九八六円)控除前の所得率(対収入金割合)は三三・二二パーセントとなる。
ところで、<証拠省略>および弁論の全趣旨によれば、原告の両年分の事業内容につき昭和三八年分と比較して所得率に影響を与えるような変化はなかつたものと認められ、右認定に反する証拠はない。
そうだとすれば、原告の両年分についても前年分と同様三三・二二パーセントの所得率があつたものと推認することは合理性がある。
(3) (特別経費)両年分についても、建物の減価償却費一万三、九八六円(別表二参照)を認めるべきであることは昭和三八年分と同様である。そして、原告主張の雇人費は昭和三八年分と同様認められない。
(4) (事業専従者控除)原告の妻と長男夫妻三名を原告の事業専従者と認めるべきであることは前年分と同様であるから、昭和三九年分については所得税法(昭和三九年法律第二〇号改正)一一条の二第三項一項(付則三条)によれば三名分二五万八、九〇〇円、昭和四〇年分について所得税法(昭和四一年法律第三一号改正前)五七条二項一号(付則四条)によれば三名分三三万七、五〇〇円の各事業専従者控除を認めるべきである。
(5) (両年分の総所得金額)によつて、以上の各金額および率を基礎として、原告の両年分の総所得金額を算出すると、昭和三九年分は四三万一、二〇三円、昭和四〇年分は四八万六、六一九円となるから、同額の本件各更正処分は適法である。
2 (過少申告加算税額の適否について)
別表(四)C欄および同(二)B欄記載の各控除額は当事者間に争いがないから、同各表記載のとおり昭和三九年分の過少申告加算税額は六〇〇円、昭和四〇年分のそれは一、四〇〇円となる。よつて、右各同額の両年分の各過少申告加算税賦課決定処分は適法である。
四 (まとめ)以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条および民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 水地巌 梶本俊明 梶村太市)
別表一ないし四<省略>